What a Wonderful Life
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 紙ジャケの憂鬱 〜 第1回 〜 「My Boy」

 2009年7月11日(土)ウェブマガ第9号 (発行 インスタント伯爵)

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2008年11月26日に「BMG JAPAN」の企画として、紙ジャケット仕様のCDアルバム(10種類)が発売されました。 実は発売一ヶ月ほど前に、グッド・タイムズ (→)に収録される予定の「My Boy (マイ・ボーイ)」に関して、数日間を要して調査をしたのです。
まあ、たとえ調査が如何なる結果になろうとも「BMG JAPAN」関係者数名が、オリジナルLPで発表された「My Boy」の音程に手を加えるのが分かっていたために、調査結果は関係者に伝えたものの、調査結果から導かれた「私の判断」は伝えなかったのです。
そして今回、エルヴィスママさんが進める 訳詞プロジェクト「言葉のかけら」 で「My Boy」が取り上げられるタイミングになって紙ジャケット仕様の「グッド・タイムズ」に収録された「My Boy」を聞いてみたら・・・

    またもや「紙ジャケの憂鬱」が始まったのです。

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  もくじ
  1.「My Boy」のスタジオ・セッション情報
  2.事情があってのテープ編集
  3.二の舞
  4.D調になるテープスピード
  5.紙ジャケ「グッド・タイムズ」の「My boy」
  6.ピサの斜塔

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グッド・タイムズ(紙ジャケット仕様)
グッド・タイムズ(紙ジャケット仕様)
1.「My Boy」のスタジオ・セッション情報

1973年12月13日、メンフィスの「Stax」スタジオで録音。
アルバム「グッド・タイムズ」に収録されたバージョンは、
テイク3をマスターテイクとして選び、
エンディング部分のくり返しをテープ編集で約20秒延ばし、
1974年1月10日に弦楽器、1974年1月15日に管楽器をオーバーダブして完成しました。

  1973年12月13日
   My Boy
   Loving Arms
   Good Time Charlie's Got The Blues



Record Master

2.事情があってのテープ編集

歌詞の内容に自らの私生活を投影させ、身につまされたのでしょうか。エルヴィスは「My Boy」を手早く切り上げたかったようなのです。尤も既にライブでは取り上げていた曲なので、歌い込みの必要も無かったのでしょうけど、3テイク歌っただけで次の「Loving Arms」に取りかかりました。喉の調子が万全とは言えず、12月13日の1曲目と言うこともあって、喉の酷使を避けさせたかったフェルトンもこれを了承しましたが、曲の長さに満足しなかったフェルトンは、実際には約3分ほど歌われたテイク3のエンディングをテープ編集して、約3分20秒のマスターテイクを完成させました。

約20秒間 編集方法
テープ編集で2回登場することになったのは

Yeah, because you're all I have, my boy
You are my life, my pride, my joy
And if I stay, I stay because of you, my boy

と歌う約20秒間でした。

この調査結果はそのまま「Our Memories Of Elvis」バージョンと「Good Times」バージョンの時間差になります(↓)

編集前と編集後マスター

3.二の舞

過去に発売された日本盤「グッド・タイムズ」の「My Boy」は音程が低すぎるので、紙ジャケで発売する際には調整するつもりであると「BMG Japan」関係者の意向を聞かされて、2008年10月中旬に、少々調査を行いました。前提は次のような話だったのです。

  1.原因は不明で
  2.オリジナル「Good Times」バージョンは、3分18秒なのに対し
    LP「Our Memories Of Elvis」バージョンは、2分53秒とピッチが極端に速い
  3.「Good Times」バージョンは、D調よりもやや低め
    一方、「Our Memories Of Elvis」バージョンは、D調よりもやや高め

これらの条件を聞けば誰だって「Good Times」バージョンのテープスピードを上げれば、「BMG Japan」関係者が望む「D調」に調整できると思いますよね。1973年ですからアナログ録音の時代の作品であり、音程が変わってしまったのなら、それはテープスピードに原因があると考えるのが普通です。しかし、「BMG Japan」関係者の判断は違っていたようなのです。

  両者の中間の3分5秒くらいが一番オリジナルに近いのではないかと思うが
  「Good Times」の曲はすでに30年以上聴かれてきた作品なので、
  あまり手を加えることはしたくない

これを聞いて私はガッカリしました。
マスターテイクがテープ編集によって約20秒長くなっていることを知らずに、「BMG Japan」関係者が音程を調整しようとしていたのです。3分18秒のマスターテイクを3分5秒にするには、約6.6%もテープのスピードをアップしなければなりません。

  そんなことしたら「Girl Happy」の二の舞じゃないか!

まあ、2008年10月の調査は数日で完結しなければなりませんでしたから、そんな怒り(笑)は横に置いておいて私は地道に「D調になるテープスピード」を探したのです。


LP「グッド・タイムズ」
LP「グッド・タイムズ」


LP「Our Memories Of Elvis」
LP「Our Memories Of Elvis」

4.D調になるテープスピード

急ぎの作業で私が比較に使用したのは、1994年発売の日本盤CD「Good Times」とLP「Our Memories Of Elvis」に収められた「My Boy」で、それらのテープスピード差は僅か0.855%でした。そして音程が低いと聞いていた「Good Times」バージョンを0.1%刻みでスピードアップしたファイルを作り・・・ここで次の条件が舞い込んだのです。

  1974年に日本で受け取ったマスターがおかしかったが
  1994年盤CDは、US盤のピッチに合わせてあった。
  問題があるのは1999年発売の日本独自のリマスター盤(→)に
  収録された「My Boy」の音程である。

  なんだよ、「30年以上聴かれてきた作品なので、
  あまり手を加えることはしたくない」って言ったクセして、
  1994年には手を加えていたんじゃないか!


そうなのです。私が探そうとしていた「D調になるテープスピード」は、1994年盤CDで既に見つけられていたので、探すことはなかったのです。1994年にできたことを彼等は1999年にできなかっただけなのです。


1999年発売のリマスター盤「グッド・タイムズ」
1999年発売のリマスター盤「グッド・タイムズ」


5.紙ジャケ「グッド・タイムズ」の「My boy」

さて、発売された紙ジャケ「グッド・タイムズ」の「My boy」をみなさんにも確認してもらいましょう。YouTubeにアップしたサンプル(→)には
 1.1999年リマスターCD (音が低すぎる)
 2.2008年紙ジャケCD (調整済み)
 3.1985年CD「Always On My Mind」 (あれ?低くないかな?)
を並べてありますが、確かに2番目の紙ジャケ・バージョンは、音程が調整されていますね。しかし、波形を取ってみれば、同盤全体に言える残念な特徴も見つかったんです。音圧を上げたつもりでしょうが、所々でクリップ(レベル・メーターを振り切る)してしまっていて、とてもプロが作成したマスターには思えないのです。音圧を上げてもクリップさせずに済む方法があるのに、なぜ配慮をしなかったのでしょうか。エルヴィスのファンとして残念に思うのです。



比較ファイル
紙ジャケ「グッド・タイムズ」の「My Boy」

6.ピサの斜塔

2008年10月、「まずはD調ありきの姿勢」が「BMG Japan」関係者に見られ、紙ジャケCDの発売も迫っていましたから、私は自分の考えを「BMG Japan」関係者に伝えませんでした。調査結果から導き出された私の考えは、「D調ではなくなっていた理由をもっと探すべき」だったのです。
「BMG Japan」関係者の話では、その理由が「1974年に日本に送られてきたテープがおかしくて」となっていましたけれど、海外でリミックス作業されたであろう1985年発売のCD「Always On My Mind」バージョンの音程が低く感じられるのですから、日本以外で保存されていたテープもD調ではなくなっていた可能性があると思うのです。
ここで頭をかすめるのは、「Girl Happy」の二の舞という言葉です。「若々しさを演出するためにテープのスピードを上げた」とその理由が語られている「Girl Happy」に関しては、元のスピードに落としてCDに収められたことがありません。バカバカしくなるくらいにエルヴィスの声が高くなっていても、それが歴史的事実なので、それを壊そうと考える人間が出て来なかったからでしょう。

さて、明確な理由が分からないまま、「My Boy」をD調に変換したのは、正しい行動だったのでしょうか?

例えば、エンディングを2度繰り返すテープ編集をしたフェルトン・ジャービスが、曲のテンポも落としていたのではないかと仮定すると、それをD調に変換するのは歴史的事実をねじ曲げることになります。なにも知らない観光客が、ピサの斜塔に縄を掛け、ぎゅーぎゅーと引っ張って、直立させてしまったのと同じだと思うんです。
D調になっていない「My Boy」は、日本盤以外では本当に存在しなかったのでしょうか?
どなたか調べてくれませんか?


1985年発売のCD「Always On My Mind」
1985年発売のCD「Always On My Mind」
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【ウェブマガあとがき】
「細部までこだわってLPジャケットを再現したので評価が高い」と宣伝されるジャケットが、とんでもない音がするCDを収められて、
さぞかし嫌な思いをしているだろうと考えて、「紙ジャケの憂鬱」と言うタイトルにしました。
タイトル候補には「見て極楽、聞いて地獄」ってのもあったのですけど(笑)、みなさんが憂鬱になる必要はありません。
こんなものは買わなきゃいいのです。
しかし憂鬱な気分になっているであろう紙ジャケは、この他にもきっと存在するでしょう。それはまたいずれ。


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